桝郷春美のブログ

harumiday_桝郷春美のブログ

フリーランスのライターです。執筆記事や日記など。

自転車 Season 2 - 文月

夜の神社を怖いと感じなくなったのは、なじみのジャズ喫茶のマスターが案内してくれる真夜中のサイクリングの味を知ったから。湖東の平野を走る。ジャズと同じく即興で道を行くマスターの背を追う。国道から田園のあぜ道に入ると、山間からお月さんが顔を出し始めた。今宵の幕開けだ。月は瞬く間に上っていき、丸くて大きく黄味がかったその姿をすべて見せた後、再び雲に覆われた。


今回は多賀大社へ。「あそこは一歩中に入ると空気が変わる」とマスターは言う。昨年それを体感した。二度目の今回は、また違う光景が広がっていた。1万灯もの提灯が翌週の祭に向けて飾られており、人気のない境内でその存在感が異彩を放っていた。「今日は軽めで」と30-40キロほどのラン。74歳でそんな走り方ができるのは体力だけが理由ではないだろう。マスターは普段から余計な力が抜けているように見える。


翌日、ジャズ喫茶の常連さんの中で80代?マダムがランチに合流した。帰路の車内で、ふと聞いてみた。このジャズ喫茶に来たきっかけは?と。約20年前に他界した夫が通っていたのが、この喫茶だという。夫は神戸の六甲にあった米軍施設で戦後間もない頃に働いていたのがきっかけで、当時アメリカから通信で流れてくるジャズを聞いていたそう。


1950年代のジャズのレコードをかけることも多いこの喫茶で、美味しいコーヒーを味わいながら当時リアルタイムで聞いていたジャズを懐かしんでいたという。他にも家族の話として語られた内容には、私の知らなかった歴史の話がたくさん含まれていた。


55年間、ジャズ喫茶を続けているマスター。20年30年40年50年来の常連客と共に年を重ねていく付き合いをしているこのお店。お店を介した人のつながりは、コミュニティとかファミリーという言葉では伝わりきらない深みがあるように感じる。それはジャズという音楽の性質に加え、ご夫婦が二人で営むジャズ喫茶が引き寄せる何かが水脈のようにある気がしている。


まだうまく言葉にできないのだけれど、ジャズ喫茶と出会って1年半が経ち、夜中の滋賀サイクリングも2シーズン目に入った今、マスターの在り方のように、力の抜けた感じはいいなと思う。

 

f:id:harumasu:20211228154309j:plain