桝郷春美のブログ

harumiday_桝郷春美のブログ

フリーランスのライターです。執筆記事や日記など。

自転車 Season 1 - 長月

f:id:harumasu:20211228203555j:plain

「オーライです」

なじみのジャズ喫茶。L字型のカウンターに9席の小さなお店。マスターがコーヒーを淹れると、ミチヨさんにバトンタッチするのに、目の前で張り切った声が聞こえた。

あれ?聞き慣れた掛け声だなと思ったら、夜中のサイクリングでも、マスターは同じ調子で声をかけて先導してくれていた。道路を渡る時、後ろを走る私たちに声をかけて安全を確かめてくれる。「オーライです」と言って。


マスターが夜中に自転車で連れて行ってくれる「俺の道」。滋賀の広大な平地を30余年走り続けて開拓した無数のルートのうち、3つめを案内してもらった。

夏と秋の境目。虫の声を聴くのが目的。「走るときはな、耳を大きくするんや」。意識を集中させると、両耳が感度のいいスピーカーになったかのように思えてくる。そのアドバイスは、そのままジャズ喫茶の店内でレコードを聴く時にも通じている。

 

f:id:harumasu:20211228203537j:plain

琵琶湖沿いのルートは、爽快でスリリング。
左手にすぐ湖。波の音が心地いい。
右手に山が迫っており、ガサガサと葉っぱが擦れる音が突然聞こえる。獣か?
緊張と緩和の中、坂道のアップダウンが繰り返される。


上りも下りも、無重力空間にいるかのように軽やかに走り抜けるマスター。その背中を見失わないように必死になる。下り坂、ブレーキをかけずに一気に走る。ランナーズ・ハイだったかもしれない。全身で風を受けながらスピードに乗って無心で走る爽快感。少しでも石につまずけば体ごと吹き飛ばされると後で聞いてヒヤリとした。

f:id:harumasu:20211228203522j:plain

f:id:harumasu:20211228203456j:plain


休憩地点で、大の字になって寝っ転がる。
視界いっぱいに星空。
大きくした耳に、様々な虫たちがそれぞれに刻むリズムが流れ込む。
そんなサイクリングの感覚が、コーヒーを淹れるマスターの「オーライです」の掛け声でよみがえった。


今宵、カウンターの隣の席には、ジャズミュージシャンのデルさんがいた。アルトサックスプレイヤーとして、ニューヨークの路上を起点に約40年演奏してきた人。
自然と耳が大きい人。
店内が騒がしくても静かでも、音楽が聞こえ、無意識に指でリズムを刻んでいる。
約30年ぶりの日本での生活。「半分外国みたいや」と言っていた。街が変わり、道がわからないから。


マスターとデルさん
ジャズ喫茶一筋53年
ジャズミュージシャン一筋約40年
二人の共通点は、ジャズに一途なこと。

たとえ道に迷っても、「俺の道」を貫いていること。
年を重ねるからこそ、未知の領域の可能性を感じさせてくれること。


道は確かにある。

 

f:id:harumasu:20211228203509j:plain