桝郷春美のブログ

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フリーランスのライターです。執筆記事や日記など。

"Here is Bebop, Izuru Azuma quartet"

「がんばるでぇ」。ライブの前、その人は電話口の相手にそう伝えて、いざステージへ。さっきまでのフレンドリーさが消え、目つきが変わった。
ふっと一音。それだけで、すぐにその人特有の音とわかる。その場に二ューヨークの路上の空気が漂う。ここは日本、京都のライブハウス。約40年にわたり二ューヨークで、しかも路上をベースにして演奏しつづけてきたその人は、どこにいようとも自分の体にしみこんだ本場のジャズを体現できる稀有な存在。
コロナ下で、命からがら30年ぶりに帰国したのは、約二年前。今年から京都を拠点に少しずつライブ活動を始めている。そんなアルトサックス奏者のデルさんこと、東出(あずま・いづる)さんが率いるバンドの三夜連続ライブの初夜に行った。
チャーリー・パーカーの"Now's the time"(今がその時)から始まったライブは、休憩をはさんで約3時間にも及んだのに、曲が進むにつれ、疲れ知らずのようにぐいぐいと引きこんでいった。
予定調和が一つもなくて、即興で繰り広げられる演奏に、耳も目も開いていく。この日初めてデルさんの演奏を聞いた人は、「暖かい音を出す」と驚いていた。スタンダードな曲にも、サックスの調べにふっとクリスマスのメロディが織り混ぜられたと思いきや、すかさずピアノも呼応。お茶目な演出に会場がわく。
普段のデルさんの練習場所は、ニューヨークの路上から、京都の鴨川になった。その鴨川で出会ったというギタリストの人も、飛び込み参加。新たに人が入ると空気が変わる。本人のどきどきが客席にも伝わってきた。大丈夫か。演奏が始まると、その人はギターを弾きながらメロディを口ずさんだりもして、むしろ攻めているように見えた。そんな勇気をたたえるかのように、デルさんは顔をくしゃっとして笑顔を向けた。
ライブはアップテンポな曲もバラード曲も、どれもよくて、最後の曲が終わると、私は人一倍大きな拍手をした。すると、アンコール演奏をしてくれた。
帰りがけ、デルさんが言った。「大きな拍手してくれてたな。気い使ってくれたんと違うか? 八百長じゃないか」。その鋭いまなざしにどきっとした。だけど、私はまっすぐに目を見て伝えた。「違う。ほんまによかったから拍手した」。ああそうか、このライブでは客も受け身ではいられない。厳しい世界を生きてこられた一端を見た気がした。
デルさんが半生以上を生きてきた、ニューヨークの路上の世界を私は知らない。だけど、デルさんのライブから、その言動から、そのヒリヒリ感のカケラを、わずかに感じる瞬間がある。それは錯覚かもしれないし、思い込みかもしれない。そんな思いもよらないスリリングな感覚になるのも、デルさんのライブ空間だから。
"Here is Bebop, Izuru Azuma quartet"
12月2日はLive BARはでな、3日はStardust clubで、どちらも京都、午後8時から。
 

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