桝郷春美のブログ

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フリーランスのライターです。執筆記事や日記など。

日本のなかの異文化

昨日7月24日、いつものようにジャズ喫茶に入ろうとしたら、同じタイミングで来た男性がいた。ドアの前で顔を見合わせて、互いに先を譲り合う。かっこええおっちゃんやな、というのが第一印象。その人の目がとても澄んで見えたから。


店内に入るなり、マスターが満面の笑みで「この人がデルさんや」と紹介してくれた。ああ~。先日マスターご夫妻が、1986年に音楽誌に掲載されたこの方のインタビュー記事を見せてくれていた。お店でいつ会ってもいいようにと記事のコピーをカバンの中に入れていた。今宵がそのタイミングだった。通称「デルさん」こと東出(あずま・いづる)さんは16歳で高校をやめて単身で渡米。アルトサックス奏者のチャーリー・パーカーに憧れ「俺はミュージシャンになると決め」て、本場へジャズ修行に。約40年にわたりニューヨークでプロのサックス奏者として生きてきた人。いま、約30年ぶりに一時帰国している。
ニューヨークでのおもな活動場所はストリート。黒人街に身を投じ、「おまえはしょせん東洋人だ。日本人だ。帰るところがある。そんなやつがジャズ?」と言われながら、たたき上げで力をつけてこられた。演奏の目的は「お金や」とデルさん。「そりゃそうやで」とマスター。それは経済の枠組みにはめた話ではなく、路上で、自らが志した道で生きていくための術。


どん底の生活を送りながら、何度も生死をさまよう経験をされている。商業ベースに乗らずに、ジャズの伝統を守り、自らの表現をとことん追求するミュージシャンたちは、そんなハードな暮らしを送っているという。アメリカにおけるジャズとは…根深そうだ。黒人と一言でいい切れない、その中の複雑さもある。コロナに感染して逝去したミュージシャンの友が何人もいると話していた。


閉店までの約3時間、ニューヨークでの暮らしを語ってくれた。マシンガントークで、息つく間もないほどに次から次へと飛び出すエピソードは、どれも凄まじい。よく生き延びてこられたな。運の良さもあるだろうけれど、きれいごとでなく生き抜くってこういうことなのだろうと感じた。そんな生き様こそが、彼の演奏に結びついているのだろう。


デルさんのことを「音楽に対して純粋な人」とミチヨさんが言っていた。にごりがない目は、そこから来ているのだろうか。40年変わらない一貫した姿勢。ずば抜けてやんちゃな人生譚を聞いた後も、初対面で感じた澄んだ目の印象はまったく変わらなかった。


またニューヨークに戻りたいという。たとえ日本で安全に暮らせて、おいしいご飯が食べられても。「もっと上手くなりたい」から。それはDさんにとって、生きることと等しくあるのかな。いつか生の演奏を聴いてみたい。


ジャズに関して超初心者の私が、このジャズ喫茶との出会いにより、アメリカで生まれたジャズという音楽の世界の奥深さに出会っている。それは音楽の1ジャンルに留まらず、同時にアメリカやアフリカの歴史や社会につながる。地中深く根っこでつながるものを少しずつ学び、想像力を鍛えながら、カウンターのみのこの小さな店内での出会いと重ねてみる。


お店で貸してもらった本のあとがきに、著者のマイク・モラスキーさんが日本留学時、日本でのジャズ体験について、こんな言葉をつづっている。
「日本社会の主流から外れたところで同時代に挑んでいる『日本のなかの異文化』に肌で接することができた」。この一文を目にして、はっとした。私は同じことを、出会って約半年のこのジャズ喫茶で感じているから。そして、自分がアメリカに住んでいた頃の感覚がよみがえることがよくある。


「このお店が居心地良く感じる人は、社会(のレール)になじめてないってことやで」という声もボソッと。かくいう私も、このお店に来るとほっとする。うん、それでいいし、それがいい。こんなに豊かな世界の奥行きに出会わせてもらっているのだから。

 

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