カラスの絵描きさん
カァと鳴かないカラスがいると教えてくれたのは、ジャズ喫茶でたまたま隣になったおっちゃん。
おっちゃんは絵描きさん。コモリさんという。
白いハット、両サイドにふわっと広がる白髪ヘア、グレーのスカーフを巻いて、白いロングシャツにカラスのシルクスクリーンのプリント。かっこええ。遠目にも、ただものではない感が漂う。今日の格好は「みんなもらいもん」らしい。コモリさんは覚えてなさそうだけど、前にもカウンターでお会いしたことがある。
ジャズ喫茶のマスターご夫婦が世界で著名なピアニストAbdullah Ibrahimさんを招へいした時、コモリさんもコンサートスタッフとして関わった。マスター夫妻とお店のお客さんたちが手弁当でコンサートを作り上げた現場に感銘を受けて、コモリさんは人との関わり方を見直したという。それで「今は若い人たちにお世話してもらってる」と、以前話していたのを思い出した。
どうしてそんな風になれたのか、謎だった。今日カウンターで再会して、若い人たちが慕う感じが何となく分かる気がした。
私たちの会話は、カラスから始まった。
コモリさんが写生をしてたら、瀕死の小ガラスが寄ってきた。お腹が空いて飛べへん。急いで牛乳とパンを買いに行った。くちばしを何とか開けて食べさせようとした。
小ガラスは喉の奥まで突っ込まんとあかんけど、僕は母ガラスみたいに長いくちばしがないから、そこまで届かへん。飲み込む場合と飲み込まん場合がある。巣から落ちて親に見放されたら生きてくのは難しい。カァと鳴くのも飛び方も、教えるもんがおらんかったらできひん。子どもの頃から、巣から落ちたひな鳥に出くわすことが多かったという。
街中で暮らしながら、自然界のことをよく知っている人。話しながら、お茶目な笑顔がはじける。話はカラスから、絵描きの世界へ。「コモリさん、物知りやろ。でもテレビもラジオも新聞もネットも携帯も持ってないねん」とミチヨさんが教えてくれた。
出た、新たな謎。この謎が、人を惹きつける魅力じゃないかと思った。
帰り際、コーヒーチケットにペンで何か書いている様子。のぞいてみると、名前ではなく、まねき猫を描いていた。
おっちゃんは絵描きさん。本業は水墨画家。
物知りで、謎が多く、お茶目な人。
それが今日の印象となった。