桝郷春美のブログ

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フリーランスのライターです。執筆記事や日記など。

英語版Talkin'About「ビバ!日本伝統音楽~南米コロンビアの視点から語るその魅力~」リポート

6月26日開催の英語版Talkin' About「ビバ!日本伝統音楽~南米コロンビアの視点から語るその魅力~」は、日本・アジアの伝統音楽の魅力を発掘していくようなワクワク感のあるひとときとなりました。
サロンでは、マウリシオさんの日本の伝統音楽との出会いから、スペイン語版オンライン日本芸能百科事典の着想、コンテンツ作りで大切にしている視点などが語られ、楽器がそのルーツから国々を渡って変容していく様を写真や動画を見せながら、たっぷりと紹介されました。

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マウリシオさんは問いかけます。「世界地図で、どうしていつも北が上にあるの?」世界の中で、自分がいる位置によって見え方が変わってくる。日本はアジアの中で東側に位置するけれど、南米から見たらアジア(シンガポールより東)は西にあるよ、と。
そんな風にして、一つの考えにこだわらず、境界をほどいていくような語りは、日本から見てほぼ地球の裏側の南米・コロンビアから来たマウリシオさんだからこそ、説得力があります。
大学でチェロを学んでいたマウリシオさんは、民族音楽学の授業でアジアの伝統音楽に出会います。インドネシアガムランや、日本の雅楽など、それまで聞いたことのない音色に、初めは奇妙な印象を抱いたといいます。

なぜ、僕はそう感じたのだろうーー? それが知りたくなって、アジアの伝統音楽をもっと聴いてみようと思ったそうです。

 

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アジアの伝統音楽を調べようと決めたマウリシオさん。しかし、インターネットが普及していない時分、コロンビアで情報を得られる場所は大使館のみ。そこで大使館に通ってリサーチを始めます。映像を入手すると上映会をしたり、面白い情報を得たら講義を開いたりとマウリシオさんは調べて共有することを併せて行っていったそうです。
そうしてイベントを続けるうちに、インドと中国の大使館から声をかけられて奨学生として招かれることに。2年間インドに暮らして英語とヒンディー語を学び、インドの様々な音楽に出会います。続いて中国にも招かれ、3年間音楽学院で学ぶことに。友人に誘われて日本に遊びに行った先で奨学金応募を薦められ、採用されて東京芸大へ。
扉が開かれるままに来日したものの、自分の専門性は何なのかと自問する日々。そんな時、中国で出会ったウズベキスタンの友人に誘われてシルクロードへ行くことに。そこでインドー中国ー日本とシルクロードで続く歴史の連なりを目の当たりにして視界が開け、それがオンライン百科事典の着想につながったそうです。

マウリシオさんが、なぜ日本の、しかも伝統音楽に魅了されたかといえば、一つのキーワードは"ritual(儀式)"。儀式で奏でられる演奏は楽しみのためではなく、奉納という全く違う目的がある。そんな古来からの音楽が特にアジアは豊富なのだそう。コロンビアの大学の授業で初めてアジアの民族音楽を聞いた時に奇妙さを感じたのは、これまでそんな成り立ちの音楽に触れていなかっただけ。聞いて、知っていくうちに、それは敬意へと変わっていきました。その後、マウリシオさんの関心は、アジアや日本のクラシックやフォーク、ポピュラー音楽にも広がっていきます。
そして"伝統"というと、日本は他国に先駆けて1950年にGHQの指導下で「文化財保護法」がつくられて、無形の文化遺産を守る動きが早かったことにも興味を惹かれたそうです。

 

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マウリシオさんの視点で、特に興味深かったのは、言語と音楽のつながりについて。マウリシオさんが初来日した時のこと。日本語が全く分からない状態で会話を聞いていると、「ほう~」「へえ~」「あ~」など日本語の会話のリズムには長音のあいづちが多いことに気が付きます。それが、能の声楽(謡)のように聞こえたそう。その瞬間、話し言葉が歌になり音楽へ、連なりが腑に落ちたといいます。

同様に、インドの例として古典打楽器タブラを映像と共に紹介されました。太鼓のリズムが、ヒンディー語の早口で流れるような話し方にそっくりで、画面に釘付けに。演奏と語りを交互に繰り広げるパフォーマンスを見ていると、太鼓でしゃべり、語りで奏でるように交ざり合って聞こえてくるのが面白かったです。そんな言語と音楽の結び付きが分かるのも伝統音楽の特性の一つ。消えたものも多いなかで、アジアにはそれが残っているそうです。
マウリシオさんがプロデュースしているスペイン語版インターネット日本芸能百科事典には、音楽・踊り・演劇・沖縄・アイヌ文化遺産・人物データの項目があります。沖縄とアイヌの項目を立てたのは、それらの音楽や芸能をマウリシオさんが調べる中で、同じ日本の伝統の文脈内にはなかなか見当たらず、「古来からあるのに、どうして?」と疑問を抱いたからだそうです。当日も沖縄の組踊の紹介や、アイヌの女性が歌う子守唄の映像を見せてくださいました。

 

伝統って何だろう? 
世界の中で、自分がいる位置によって見え方が変わってくる。視界を広げてルーツをたどる豊かさが、そこにはありました。各地に息づいている、あまり知られていない宝を発掘するようにして、日本の音楽や芸能をスペイン語で紹介している、このオンライン日本芸能百科事典には800以上のコンテンツがあります。同様に、韓国の芸能を紹介するスペイン語版オンライン韓国芸能百科事典もマウリシオさんはプロデュースしているそう。これらのサイトは世界中のスペイン語圏の人々を中心に、イタリア語やポルトガル語など、スペイン語と同系統のロマンス語圏約20言語の国々の人たちにも広く閲覧されているそうです。

「ビバ!日本伝統音楽~南米コロンビアの視点から語るその魅力~」と名付けた今回のTalkin' About。その視点は単にコロンビアというだけではなく、異なるものに興味を抱き続けるマウリシオさんの情熱に、ぐいぐいと引き込まれた場となりました。
今回、マウリシオさんを含めて、集った人たちの中には、英語がネイティブの人はいませんでした。自分の英語が完璧じゃないと知っているがゆえに互いに優しくなれる。当日の英語でのコミュニケーションから、そんな気付きもあった回でした。


スペイン語版インターネット日本芸能百科事典

http://www.japonartesescenicas.org


アジア伝統音楽のインターネットラジオ

http://rosetta.shoutca.st/start/musicasdeasia/