桝郷春美のブログ

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フリーランスのライターです。執筆記事や日記など。

短編エッセイ集刊行

文芸社×毎日新聞 第4回人生十人十色大賞」の短編部門に応募し、入賞の知らせを受けたのは昨夏のこと。入賞作30作品を収録した短編エッセイ集が、このほど全国出版されました。そのうちの一篇として私の作品「移民日記ーー時のこえ」も載っています。

コロナ下で授賞式も取り止めになり、実感がわかないままでした。誤解を恐れずに言えば、家族や人生をテーマにエッセイを書くって自己満足に過ぎないんじゃないか。そんな斜に構えた気持ちも正直なところありました。じゃあ何で応募したのかといえば、そうせずにはいられない切実さが当時はありました。

書かないとどこにも残らない、誰にも伝わらない、いわば辺境の記憶。北米に移民のルーツがある母方の親族の物語を、私自身がアメリカに住んでいた頃の記憶とつなげて書きました。

本に収録された30作品はどれも面白かったです。話の内容は面白いの一言では到底済まされない濃密なものだけれど。それを短編エッセイで読む軽妙さがいいなと。

こんなことってあるのか、こんな人もいるんや、こんな展開になるとは、思わず、えっ!?と目を丸くしたりも。立派な人生譚じゃない作品が多いところに好感が持て、それぞれに書かずにはいられない何かが滲んでいるように思えました。

本という形で旅立つことができて、よかった。

書籍は全国の本屋さんで取り寄せてもらえます。(長谷川書店水無瀬駅前店では、さっそくお店に入れてくださいました。)ネット注文もできます。

耳の記憶がよみがえる

2022年3月28日は生まれて初めての手術だった。朝9時スタート。「手術室に入った時に流す音楽のご希望はありますか?」と看護師さんに聞かれ、とっさに浮かんだ"Mannenberg"(Dollar Brand)をリクエストする。
南アフリカの第二の国歌と言われるくらい親しまれてる歌やで」と、なじみのジャズ喫茶で教わっていた。アパルトヘイト(人種隔離政策)に反対し、警察に逮捕された時に、人々が合言葉のように口ずさむ曲とも聞いていた。
パララララララ〜♪とマスターの鼻歌を思い出す。ビビりの私にとって、極限の緊張の場面で耳の記憶がよみがえる。
手術室に入ると、その曲を本当に流してくれていた。ちょっと気分が上がる。「曲合ってます?」「はい」「音楽好きなんですか?」「ジャズ喫茶で教えてもらった曲なんです」「へー、ジャズ喫茶ってあるんですね、どこですか」「出町柳
そんな会話と並行して、手術台へ上がり、点滴の準備がなされる。右手に刺される痛みから気をそらすように、スピーカーのある左側の耳が大きく開いていく。
「耳を大きくするんや」
そうや、音に深く耳を澄ませる意識は、マスターと行く真夜中のサイクリングで鍛えてきたから、私はできる。
パララララララ〜♪ 努めて意識を「そっち」に持っていく。3回目でやっと針が血管に通った。痛みが増すにつれ、Mannenbergのメロディがまけじと体に流れ込み、曲も私の意識も全力で「そっち」に向かっていった。重なり、溶け合い、そのうちに私の意識は、飛んだ。
「ますごうさーん」
手術が無事に終わり、目覚めの始まりも、耳だった。ぼんやりと目を開いた瞬間、「家かと思った」と思わず声が出る。なんだこの日常的非日常は。数時間かけて、徐々に意識が戻った。ずっと手術室にいると思っていたけど、もう病室だった。空間認識は遅れて戻ってきた。
やがて、耳や目や体全体の意識が合わさってきて、腹が空腹を訴える。そうか、24時間食べていない状態だ。夕食のちらし寿司をおいしく食べる。勢いよく食べすぎたのか、お腹が痛くて眠れなくなった。温かいタオルを腹に当てる。
ままならない体を経験して、これからは傷もまるごと自分を大事にして、周りの人たちを、まるっと愛していこう。あたらしいステージのはじまり。これからも不安なく元気で楽しく生きていくために。
ゆっくりと呼吸から始めていく。

雑誌掲載:『AERA』「はたらく夫婦カンケイ」

AERA』3/21号「はたらく夫婦カンケイ」で、青島工芸さんを取材しました。
大工の青島雄大さんと出会ったのは、工事現場。写真に関する多目的な活動の場RPS(Reminders Photography Stronghold)の京都分室パプロルのオープンに向けて、内装工事を手がける青島さんに教わりながら天然塗料を使った天井塗りを経験。青島さんの気さくな人柄やセンスの良さを感じ、何よりDIYの時間が楽しかった! 
その後、妻でお直しデザイナーの橋本紗友里さんの不思議な瞬発力により、夫婦取材の運びになりました。手綱を握る橋本さんと、大工仕事以外に頓着がないという青島さんの夫婦関係。お二人の共通項は、手を動かしたものづくりを大事にしていることや、おじいちゃんやおばあちゃんの生きる知恵に対する敬意。そこがいいなとしみじみ思いました。
楠本涼さん撮影のお子さんと3人のポートレート写真は、ずっと眺めていたくなる味わいがあります。記事は後日ウェブにも載りますが、レイアウトされた誌面はやっぱりいいなと思います。
RPS(Reminders Photography Stronghold)京都分室パプロルは2022年4月にオープン予定。青島工芸さんの大工のものづくりから、写真のものづくりへとステージが移り、ものづくりの可能性が広がる面白い空間になると思います。

お店が生命線

このところ、なじみのジャズ喫茶に通う頻度がかなり増えている。諸事情により、今の私には生命線。
マスターの選曲、鼻歌、音の響き、ミチヨさんのおいしいご飯やスイーツ、ピアニストのおじさまによるリズムと息のレッスン、まるで風呂に浸かるような裸の心の交流、コーヒーの香り。それらすべてが骨身に沁みる。
今日はフランスから来た方と相席。互いの共通言語である英語で語らいまくった。言葉を超えて、フィーリングで分かり合えていると感じる瞬間が何度もあった。なぜって? お互い繊細な者同士だから。そして、このお店が好きで通っている者同士だから。彼女は言った。
「人と信頼関係をつくるには、相手を気にかけて、深く聞くことだと思う。それはね、誰とでもできるわけではない。日本に来て京都ライフは楽しいけど、窮屈に感じることもやっぱりある。外見や体型とかで異質な目で見られることも多いから。だけど、このお店ではタトゥーも見せられるし、私のままでいられる。お客さんだって誰も私の外見を気にしないし、お互いにそう。いろんな人がそれぞれに、ただそのまんまいる。それが居心地いいし、そうできる場所はそうない。だから私はここが好き」
わかるなあ。
私は、このお店に出会って2年が過ぎた。突然住まいの窮地に追い込まれた私に、出会って間もないのに手を差し伸べてくれたお店。今、一人では生きていけないと切実に感じる状況が続いていて、このお店が私の人生になくてはならない、かけがえない場所になっている。
いつかは私自身がそんなお店のような存在になれたらいいな。そのためにも今必要なのは、いくらしんどくなってきても、内にこもらないように気をつけること。ジャズ喫茶が、ジャズの音楽が、ここで出会う人たちが、それを食い止めてくれている。
マスターはよく言う。
「力を抜いて」「空っぽになって」
それは簡単じゃないよなあ、とつくづく思う。
せやけど、やっぱり、そっちの方向がいい。
希望は光だけでなくていい。真夜中の自転車乗りで、マスターには暗闇の面白さを教えてもらった。音の冴えわたりや、黒のグラデーションの美しさを私は身体で知っている。今こそ、思い出そう。

雑誌掲載:『AERA』「はたらく夫婦カンケイ」

週刊誌『AERA』1/31号で、医療関係で働くご夫婦の取材・文を担当しました。京都橘大学看護学を教える野島敬祐さんと、高槻病院で助産師として働く野島奈明さんです。
お二人とも看護職というのもあり、相手が言葉に出さなくても読み取るアンテナが敏感で、家でも同様に察し合える関係なのだそう。そこに、言葉にとらわれがちな私ははっとしました。
連載「はたらく夫婦カンケイ」は今号で650回を迎えました。様々なカップルの仕事や生活を通した関係を紹介して、長らく親しまれているコーナーです。

 

"Here is Bebop, Izuru Azuma quartet"

「がんばるでぇ」。ライブの前、その人は電話口の相手にそう伝えて、いざステージへ。さっきまでのフレンドリーさが消え、目つきが変わった。
ふっと一音。それだけで、すぐにその人特有の音とわかる。その場に二ューヨークの路上の空気が漂う。ここは日本、京都のライブハウス。約40年にわたり二ューヨークで、しかも路上をベースにして演奏しつづけてきたその人は、どこにいようとも自分の体にしみこんだ本場のジャズを体現できる稀有な存在。
コロナ下で、命からがら30年ぶりに帰国したのは、約二年前。今年から京都を拠点に少しずつライブ活動を始めている。そんなアルトサックス奏者のデルさんこと、東出(あずま・いづる)さんが率いるバンドの三夜連続ライブの初夜に行った。
チャーリー・パーカーの"Now's the time"(今がその時)から始まったライブは、休憩をはさんで約3時間にも及んだのに、曲が進むにつれ、疲れ知らずのようにぐいぐいと引きこんでいった。
予定調和が一つもなくて、即興で繰り広げられる演奏に、耳も目も開いていく。この日初めてデルさんの演奏を聞いた人は、「暖かい音を出す」と驚いていた。スタンダードな曲にも、サックスの調べにふっとクリスマスのメロディが織り混ぜられたと思いきや、すかさずピアノも呼応。お茶目な演出に会場がわく。
普段のデルさんの練習場所は、ニューヨークの路上から、京都の鴨川になった。その鴨川で出会ったというギタリストの人も、飛び込み参加。新たに人が入ると空気が変わる。本人のどきどきが客席にも伝わってきた。大丈夫か。演奏が始まると、その人はギターを弾きながらメロディを口ずさんだりもして、むしろ攻めているように見えた。そんな勇気をたたえるかのように、デルさんは顔をくしゃっとして笑顔を向けた。
ライブはアップテンポな曲もバラード曲も、どれもよくて、最後の曲が終わると、私は人一倍大きな拍手をした。すると、アンコール演奏をしてくれた。
帰りがけ、デルさんが言った。「大きな拍手してくれてたな。気い使ってくれたんと違うか? 八百長じゃないか」。その鋭いまなざしにどきっとした。だけど、私はまっすぐに目を見て伝えた。「違う。ほんまによかったから拍手した」。ああそうか、このライブでは客も受け身ではいられない。厳しい世界を生きてこられた一端を見た気がした。
デルさんが半生以上を生きてきた、ニューヨークの路上の世界を私は知らない。だけど、デルさんのライブから、その言動から、そのヒリヒリ感のカケラを、わずかに感じる瞬間がある。それは錯覚かもしれないし、思い込みかもしれない。そんな思いもよらないスリリングな感覚になるのも、デルさんのライブ空間だから。
"Here is Bebop, Izuru Azuma quartet"
12月2日はLive BARはでな、3日はStardust clubで、どちらも京都、午後8時から。
 

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雑誌掲載:『暮しの手帖』15号「わたしの手帖 オリジナルでいこう」

11月25日に発売日を迎えた『暮しの手帖』第5世紀15号。巻頭6ページの特集「わたしの手帖 オリジナルでいこう」の取材・文を担いました。
森岡素直さんと中井敦子さんとの出会いに心を突き動かされ、『暮しの手帖』に提案したのは、かれこれ1年ほど前のこと。初めから取材の関係だったわけではなく、二人とは個人の交流から始まりました。「わたしたち、そもそも夫婦じゃないしなあ。平仮名のふうふとも違う」。そう、二人が話していたことが、ずっと引っかかっていました。

 

子どもを授かり、これから親になろうとする二人は、自分たちの「かぞく」のありようの伝え方を模索し始めた時期。伝えることは「むしろ可能性だと思っている」と、あたらしい言葉をつくるところから始めている姿が、清々しく映りました。


編集者に企画案として伝えるのにあたり、二人と対話を重ねるなかで、これは命の物語だと感じていました。心にあったイメージは、片山令子さんの「惑星」というエッセイ。https://www.minatonohito.jp/book/369/

生まれたばかりの赤ちゃんのような原型に戻り、「あたらしいわたしがはじめからやり直される感じ」が、これからのありようと重なりました。


編集者が会いに来てくれたのが、昨年の今ごろ。それから誌面化に向けて動き出したのは、その半年後でした。巻頭の「わたしの手帖」に決めるまでの経緯を、北川さんは最新号発売のご挨拶の文中に書かれています。https://www.kurashi-no-techo.co.jp/blog/bookinfo/20211125


その半年のあいだに、お子さんが誕生。大きな変化のなか、私は二人と折々に語らい、メールでもやりとりし、共にいさせてもらいました。誌面化に結実するのか、その時点ではわからなかったけれど、二人とは、取材を越えた信頼関係が、いつしか育まれていました。


そこから、巻頭記事に決まり改めてインタビューをし、いざ「わたしの手帖」という、しぼられた文字数と写真で構成された、いわば「余白」の多い記事の「型」で表現するのはチャレンジでした。素直さんと敦子さんの思いをできるだけ汲みながら、中学生から90代までの幅広い読者に開いて文章を書く。その距離の遠さを、実際に執筆が始まってから痛感しました。


難しいテーマに突き当たることは、最初からわかっていたはず。だけど、考えることをあきらめない、言葉で伝えることをたやすく手放してはいけない。追い詰められたときに支えになったのは、信じる気持ち。取材を受けてくれた素直さんと敦子さん、編集者の北川さん、そして読んでくださる方に対して。赤ちゃんなのに、なんだか不思議と頼もしいお子さん、そんな子どもと心通わせるように撮影していた齋藤陽道さんの写真の魅力。


今回の記事が世に出ることは、個人の枠を越えて、皆で大きな伝えるということに取り組んだのだと思っています。記事を読んでくださった方が、隣にいる人と、語り合うきっかけになったらいいなと思います。
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/honshi/c5_015.html

 

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